こんにちは。社会保険労務士の中宮 伸二郎です。
2021年 、「人手が余った企業」から「人手が足りない企業」へ一時的に出向させる制度が新設されました。これは、新型コロナウイルス感染症の影響で 「人手が余った企業」 の雇用を維持するため、新しく設けられた産業雇用安定助成金という助成制度です。こういった取組みにより、失業なき労働移動が促進されているところです。
上記を受けて、慢性的に人手不足の派遣元から、「在籍出向を利用して派遣社員を確保する方法はないか?」と相談されることがあります。今回は、在籍出向と派遣の関係について解説します。
※この記事は 2022年1月13日時点の情報を元に解説しています。
目次
【違いとは?】在籍出向と労働者供給
そもそも「在籍出向」とは何でしょうか?在籍出向とは、出向元企業と出向先企業の間で出向契約を結びます。そして、出向元に雇用される労働者が、その出向契約に基づき、出向先と雇用契約を結んで勤務することを指します。(労働者側から見ると、出向元・出向先2つの企業と雇用契約を結ぶことになります。)
一方、労働者供給とは「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させる」ことを指します。この労働者供給を「業」として行うことは禁止されています。ちなみに労働者供給が禁止されているのは、それが歴史的に強制労働や中間搾取の温床となっていたためです。
「業」として行うことの判断は、労働者供給事業業務取扱要領で以下のように示されています。要約すると、労働者供給をするという目的をもって、事務所を構えて看板や広告を出したり、労働者供給を繰り返したりすると事業性が認められます。( 「業」として行うと判断され、法律違反となります。 )
(イ)一定の目的をもって同種の行為を反復継続的に遂行することをいい、1回限りの行為であったとしても反復継続の意思をもって行えば事業性あるが、形式的に繰り返し行われたとしても、すべて受動的、偶発的行為が継続した結果であって反復継続の意思をもって行われていなければ、事業性は認められない。
(ロ)具体的には、一定の目的と計画に基づいて行われるか否かによって判断され、営利を目的とする場合に限らず、また、他の事業と兼業して行われるか否かを問わないものである。
(ハ)しかしながら、この判断も一般的な社会通念に則して個別のケースごとに行われるものであり、営利を目的とするか否か、事業としての独立性があるか否かが反復継続の意思の判定にとって重要な要素となる。例えば、①労働者の供給を行う旨宣伝、広告している場合、②事務所を構え労働者供給を行う旨看板を掲げている場合等については、原則として事業性ありと判断されるものであること。
労働者供給事業業務取扱要領 より
ちなみに「労働組合等が労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる」として労働組合等による労働者供給事業は、例外的に認められています。
在籍出向と労働者供給の違いは、
◎企業間の契約名称が「出向」「供給」と異なること、
◎在籍出向が①「雇用関係」に対して、労働者供給は❶「雇用関係を含む支配従属関係」となっていることです。
契約名称は異なりますが、他企業で労働に従事させる契約という意味では、大きな違いはありません。また、 ❶ の中に雇用関係が含まれることから、在籍出向は労働者供給に含まれるものです。
なお、支配従属関係とは、自己の指図のままに労働者を他人に提供し、使用させることができる関係をいい、実力的な支配関係や雇用契約などに基づくものとされています。
<在籍出向>4つの目的
以下の4つの目的で行われるものについては、在籍出向となり、労働者供給「事業」には該当しません。在籍出向は、幅広く活用されているところです。
①労働者を離職させるのではなく、関係会社において雇用機会を確保する
②経営指導、技術指導を実施する
③職業能力開発の一環として行う
④企業グループ内の人事交流の一環として行う
【結論】在籍出向者を派遣すべきではない
結論、雇用関係が複雑になり労働者保護に欠けるため、出向労働者を他の企業に派遣すべきではありません。在籍出向として受け入れたのであれば、労働者と出向先企業に雇用関係が存在します。そのため、労働者派遣法第2条第1項「自己の雇用する労働者を当該雇用関係の下に、かつ他人の指揮命令を受け、当該他人のために労働に従事させること」が成立するため、形式的には労働者派遣が成立します。
しかし、在籍出向において労働者保護に関する雇用主の責任は、法令で規定されておらず、企業間の取り決めによって出向元・先企業で分担するため、労働者保護が万全とは言い難いところです。
また、在籍出向が「業」として行われたものと判断されてしまうと、労働者供給事業違反となり、在籍出向自体が成立しないというリスクもあります。
以上のことから、在籍出向者は派遣すべきではないと考えられます。
解説者
社会保険労務士法人 ユアサイド
代表社員
社会保険労務士 中宮 伸二郎
立教大学法学部卒業後、流通大手企業に就職。2000年社会保険労務士試験合格し、2007年社会保険労務士法人ユアサイド設立。8名の社会保険労務士を擁する事務所の代表として様々な業種の労務問題にかかわる。有期雇用、派遣社員に関する実務に詳しく、2007年より派遣元責任者講習の講師を務める。